聞きたい言葉
夜の部が終わってご飯を食べて、ポムニットさんとリシェルはお皿を拭きながら[浮気]についての話を始めた。
[恋する乙女シリーズ]の最新刊が、そんな内容だったらしい。
「男ってこれだから信用できないのよね!」
「そうですねえ。殿方は心と体が別物なんですよ、きっと」
初めは[どうして浮気をすることがあるのか]だった話は、すっかり[全ての男は必ず浮気をする]に変わっている。
食堂の方を見れば、お客さん用の食器をしまっている幼馴染みは困った顔。
伝票を整理している龍人は、他人ごとみたいに平然としている。
「だいたい、知らないフリすんのが許せないわよ」
「あら、お嬢さまは相手が打ち明けてくれたら許しちゃうんですか?」
「許すかどうかはわかんないけど、変に隠されるよりはマシじゃない」
「そうですねえ。でも、上手なウソをつき通してくれるのも甲斐性ですよ」
フェアさんはどう思います?
と、訊かれる前に、わたしは時計を指差した。
「うわ、もうこんな時間?」
「今日もありがとう。気を付けて帰ってね」
「ではまた明日参りますね。おやすみなさいませ」
いつもの挨拶を交わして、三人は帰る。
「お疲れさま、フェアさん、セイロンさん」
ルシアンは、まだちょっと困った顔のまま。
「うむ。ではまた明日、な」
外まで見送ったセイロンがドアの戸締まりをして、わたしはお皿を拭き終わってお茶を煎れて。
「……で?」
束ねられた伝票の横にカップを置く。
何のことか、とでも言うかと思ったら。
「そなたの方こそ、どうなのかね?」
からかうような半眼で、わたしを見ている。
「ちょっと。そう聞き返すってことは、やっぱり浮気するのが前提ってワケ?」
「我も生身の男だからな」
まずムカっときて、それから悲しくなって、でも許さなくちゃいけないのかな、なんて考えて。
そんなことがないように努力するとか、もう少し前向きの言い方はないの、なんてまたムカっとする。
わたしがいろんな顔をしてる間、涼しい顔でお茶を飲んだりして、
「しかしまあ、そなたの質を思えばなにもできぬか」
やっと口を開いたかと思えば、こんな言葉。
「なによそれ」
「やったらやり返すのがそなただからな。それ以上にして返すのではないか?」
それは、確かにその通り。
うん、絶対に泣き寝入りなんかしないでやり返す。
その方が辛いかもしれない、ってことは、この際考えないでそう決めた。
「やれやれ……」
セイロンは、そんなわたしに溜め息をひとつ。
「そう思えば、迂闊に手も握れぬぞ」
冗談ぽい口調にしてても、たぶん彼はけっこう本気。
酔っぱらって抱きついてきたお客さんを追い出した時なんて、すごい殺意がこもってた。
嬉しいけど、でも。
「それって握りたい気持ちはあるってことじゃない」
ユエルを連れて来た時のことを思い出す。
女だからもったいない、って。
もったいない、って、なによそれ。
そうそう、なんて調子を合わせながら、この人けっこう女好きなの?、とか、内心では動揺してた。
どうしてそれがそんなに気になったのかは、ずっと後でわかったことだけど。
「否定はせぬよ。無論、そなたの手を取れるなら、他の誰がいようとも当然そなたを選ぶがな」
感情たっぷりに言われるのも困る。
でも、こんな風にあっさり言われちゃうのも馴れてるみたいでなんかイヤ。
この遊び人。
「もう、わかったよ。わたし、セイロンから絶対に離れないからね!」
「はっはっは。よきにはからいたまえ」
途端、大きな笑い声を挙げたりして。
なんだかちょっと、嬉しそう。
ねえ、もしかしてこれが聞きたかったの?
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